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オカジマリオの年金づくり

老後資金の自己運用の結果とCFP受験についての備忘録。

腑に落ちた記事

日記風

日本語としておかしな題名でしょうが、最近「これは」と思うお金に関するネットの記事がなかったので取り上げたいと思いました。

president.jp

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つまり、年収が上がるというのは単に収入が増加したというだけではなく、その社会的な帰属集団や自分のアイデンティティが変わってしまうから「単純な倹約」では物事は解決しにくいのです。

以上が、年収1200万~年収3000万円の家庭が「高収入貧乏の谷」にひきずりこまれる主な要因です。

 同感です。

 昇進って簡単に考えちゃいけない。

 私は会社での役職は主任ですが、年かさの主任が多すぎるのでヒラと大差ない扱い。

 うちの会社では昇進=年収増加と言えます。

 副業を就業規定で禁止しているのですから、昇進で見かけだけでも収入は増加したことにはなる。

 

富裕層はお財布がひとつだけなのでしょうか? そんな訳ないですよね。

まず個人の事業収入、不動産収入、配当収入、給与収入とお財布が4種類あります。それから、事業法人があって資産管理会社があって法人で使えるお財布もあります。

ここで、私が声を大にして言いたいのは、これらの財布はサラリーマンであっても作り出そうと思えば、今からでも準備可能だということです。

このブログを読めば一目瞭然ですが、老後資金は株式投資で運用しているので雀の涙かもしれませんが私には配当収入があります。

更に、ここでは余り書きませんが、事業収入もあります。

私は会社員で給与収入もありますが、実は事業所得で青色申告もしています。

なのでお財布4つのうち、持っていないのが不動産収入でしょうか。

興味はすごくあるけど(駐車場経営とか)ね。

就業規定で会社の取締役に就任するのは禁止されていますから、さすがに法人で使えるお財布を持つのは無理ですが、同じ年代、同じ仕事をしている会社の人よりはちょびっとだけはお金に自由度が大きいとは思います。

世の中には汗水たらして働いたお金でやっとの思いで外国車を買う人たちと、節税のためにしょうがないから2年ごとに買い換える人たちがいます。

高級外国車を頻繁に乗り換えている人たちが、なぜそんなことが可能であるのか。そこに思いが至らなければ、富の扉は永遠にその人に閉ざされるでしょう。

 

同じことが、クルーザーや別荘でも言えます。富裕層にとって、これらは福利厚生費用であり、節税の一環なのです。だから、全然経済的負担にはならない。年収3000万円程度で富裕層と見栄を張り合って競っているように見えても、それは「周回遅れ」だよという話なのです。傍目からは同じように「お金持ち」に見えても次元が違うのです。

この「高収入貧乏の谷」を超えて、働かなくてもそれらのオモチャが節税で手に入るようになるまでは、「入るを量りて出ずるを為す」ことが大切です。

入りを量りて出ずるを為す、は出来ると思うけど(っていうか、やれ。)、おもちゃが節税で手に入るようになるっているのは・・・・まだまだ当分先の話だな。

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 特にこのくだりはもう、フェイスブックだったら「いいね!」を何回押すことでしょう。

矛盾しているように聞こえるかもしれませんが、会社ではいわば傍流の人が最終的に財をなしています。

これは、いったいどういうことが原因なのでしょうか。理由は主に3つあります。

(1)鬱憤を投資で気を紛らせる

職場環境・対人関係など仕事面であまりはかどっていない不満を投資に向けて気を紛らわせている。

会社で時間を過ごすときの自分は本当の自分ではなく、投資物件を見学にいったり、投資の勉強会に参加したり、その後の飲み会で投資家仲間と不動産談義をしたりしている時間のほうが生き生きと過ごせて、本来の自分だと感じている。その結果、能力を発揮できる。

(2)「負け組」の唯一の活路

本流からはずれていることによって、みんなと同じ普通の生き方では、もう取り返しがつかないところまできている。同期と比べると完全に後塵を拝している。簡単にいうと、サラリーマンの出世競争社会で生きる限りは負け組みだ。だから、資産運用などみんながやらない道に活路を求めた。

(3)時間があり余っている

会社では傍流に属するため、重圧のある職責を任されることがなく、残業もそこまでハードではないため、投資に割く十分な時間がとれる。

昇給をあてにしていないから、一切見栄をはらないし、付き合いが悪くなったとしても倹約生活をつらぬいて種銭をつくることが可能な環境にある。

時間はあり余ってはいないが、間違いなく「負け組」ではある。

・・・・って書いて、実はうちの職場、ブラック?っていうことに気付く。

鬱憤を投資で紛らわすっていうのはあるかもしれません。

 

最後に自らに対する戒めとして下の文章を。

富裕層になるまでは言い訳はやめて、みっともなく生きる

これが、年収1200万~3000万円の人が陥りがちな「高収入貧乏の谷」を渡るときに唱えなければならない念仏です。谷を渡る橋が細く足元がグラグラする板を渡しただけの不安定なものだとしたら、あなたなら限界まで荷物を捨てて軽くしようと思いませんか?

必要最低限の費用以外はすべてそぎ落とした生活費にすることは、都落ちすることでもないし、恥ずかしいことでもない。ちょっとした勇気と周りにどう見られるかを恐れない心さえあれば可能なのです。でないと、深い谷底に真っ逆さまに転げ落ちるでしょう。つまり、生活に必要最低限の費用以外はすべてそぎ落として、全可処分所得をまずは貯蓄に振り向け、「種銭」をつくる必要があります(ただし、貯蓄だけでは十分とはいえませんが)。要は無駄遣いしない。これができるかどうかです。実際はできない人も少なくありません。

これが、富裕層への道なのです。

ですが高収入貧乏の人はこれが、身を切るより痛い。消費のグレード(生活レベル)を落とすことが職業生命、名声、信用と消費が密接不可分の関係にあって片方をなくせば片方を失うという関係にあるのが特徴です。その点、高収入であることは決して貯蓄に対して有利とはいえないのです。

だからこそ、「高収入ではない人」、「本流から外れている人」に勝機がでてくるわけです。

 

自分が何をするべきか、見えてきた気がします。

頭の中身にはお金をかける。

それ以外にはどうするか。

自明の理です。